昨日に引き続き、以前に降りてきたスピリチュアルメッセージを紹介します
愛なくば、人ははどのようにして神を知り、ひとの尊さを知り、この世の素晴らしさを知りえましょうか。
神の愛とは地の塩のようなものです。
塩がなければ人はどうして豊かな味わいを得られるでしょう。
愛なくば、この世のものは味気なく、虚しいものとなります。
地上では愛の不足が様々な問題を起こしています。
愛とはなんでしょうか。
それは自分がして欲しいことを相手にもしてあげること。自分がして欲しくないことは人にもしないこと。
自らが神に愛され、すでにたくさんの慈悲を注がれていることに気づき感謝し、あふれ出る喜びを人にもわけていく行為です。
天国地獄をわけるのは、より多く人々に愛を与えたか、それとも奪ってきたかの違いです。
天上界のより高い世界とは、より多くの愛を人々に与え照らし出し、太陽のごとく慈悲を降り注いでいる存在の住まう所です。
天上界は上流より流れる愛の光が人々を照らし、全てのものを育んでいます。
不調和な世界はその愛を受け入れず、防波堤を築いている世界です。
なぜ素直に光を受け入れないのでしょう。
なぜ天から降ろされた救済のロープを自分を縛るものだと思い警戒するのか。
なぜまわりは皆自分を害すると考えるのですか。
それはあなたの心のうちに深く傷ついた経験があるからでしょう。
だからもう傷つけられまいとして心に鎧をおろし、自分を害せんとすると心得違いをして率先して人を害するのではないでしょうか。
主はまことの癒し人。
主はあなたを罰せんとしているのではない。
あなたを引き上げ慰めたいとおもっておられます。
それを受け入れず自らが作り出した想念にて自らを傷つけ罰しているのが真の姿です。
素直に自らの足らざるを反省し、天の父にたいして悔い改めたならそうした世界から抜け出せるのです。
人は長じてより素直に「ごめんなさい」と謝ることが出来ずにいます。
子供には間違ったら謝りなさいと教えておりますが、自らのこととなると反省の心無く、自らの過ちを認めず、人のせい、環境のせいにしがちです。
ですから幼子のようでなければ天国へはいることは出来ないと教えられたのもそのためです。
太陽は一時期雲により見えなくなるときもありますが雲を突き抜けた先ではいつでも燦々と輝いているのです。
天の父はその働きをひと時も止めたことがありません。
ですから曇りを取り除けば、いつでも光はあなたの内に流れ込みます。
たとえ地上にて人々から見放され見捨てられたような思いを持とうとも、けして見捨てられることはありません。
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それは自分がして欲しいことを相手にもしてあげること。自分がして欲しくないことは人にもしないこと。
自らが神に愛され、すでにたくさんの慈悲を注がれていることに気づき感謝し、あふれ出る喜びを人にもわけていく行為です。
天国地獄をわけるのは、より多く人々に愛を与えたか、それとも奪ってきたかの違いです。
天上界のより高い世界とは、より多くの愛を人々に与え照らし出し、太陽のごとく慈悲を降り注いでいる存在の住まう所です。
天上界は上流より流れる愛の光が人々を照らし、全てのものを育んでいます。
不調和な世界はその愛を受け入れず、防波堤を築いている世界です。
なぜ素直に光を受け入れないのでしょう。
なぜ天から降ろされた救済のロープを自分を縛るものだと思い警戒するのか。
なぜまわりは皆自分を害すると考えるのですか。
それはあなたの心のうちに深く傷ついた経験があるからでしょう。
だからもう傷つけられまいとして心に鎧をおろし、自分を害せんとすると心得違いをして率先して人を害するのではないでしょうか。
主はまことの癒し人。
主はあなたを罰せんとしているのではない。
あなたを引き上げ慰めたいとおもっておられます。
それを受け入れず自らが作り出した想念にて自らを傷つけ罰しているのが真の姿です。
素直に自らの足らざるを反省し、天の父にたいして悔い改めたならそうした世界から抜け出せるのです。
人は長じてより素直に「ごめんなさい」と謝ることが出来ずにいます。
子供には間違ったら謝りなさいと教えておりますが、自らのこととなると反省の心無く、自らの過ちを認めず、人のせい、環境のせいにしがちです。
ですから幼子のようでなければ天国へはいることは出来ないと教えられたのもそのためです。
太陽は一時期雲により見えなくなるときもありますが雲を突き抜けた先ではいつでも燦々と輝いているのです。
天の父はその働きをひと時も止めたことがありません。
ですから曇りを取り除けば、いつでも光はあなたの内に流れ込みます。
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