いくつかのキリスト教系グノーシスを紹介しましたが、そのなかでもっとも重要と思えるものは、主神が誰であるかということでしょう
旧約聖書では神ということで統一されていますが、様々な考えを持った存在がおります
目に見えないため、そうした存在の違いが分からず、すべてを一つの神、唯一神として捉えていったのでしょう
それに対して、グノーシスは、ヘルメス主義を取り入れつつ、旧約の神は、人々を罰し、異教徒の殺害を命じ、嫉妬深い存在で、一段劣った存在と捉えました
派によって旧約の神の捉え方は多少違い、神ではあるが劣った存在であるか、偽者の神、あるいは悪魔と同一視する派もあります
このように旧約の神の信仰を分かち、イエス様が父と呼んだ、まことの神、至高神への信仰へと導くものでした
主流派=カトリック教会は、旧約の神も、イエス様の父も同じ存在として考えたわけです
そうした混同から、神の違いを明確化し、真の神へと導こうとしたのがグノーシスであると言えます
主神の捉え方の違いが根本にあり、それで主流派とグノーシスに分かれていったと言えるでしょう
グノーシスでは、男女を平等にあつかう思想があります
カトリックでは、女性は男性に隷属する存在として考えられていますね
グノーシスでは霊能者が多くいたのだと思います
「マグダラのマリアとグノーシス」でも書きましたように、霊的な感性の強い人は女性に多くいますので、女性が啓示を受けると言うのもあったでしょう
それ故、グノーシスでは女性も重視されたのですが、知識中心で組織を持つ男性集団の教会は、霊的なものを排除する方向へ動き、女性を蔑視するようになってきているといえます
そのほかに、グノーシスではこの世を否定的に捉える考え方があります
それは旧約の創造神とされる存在を否定するために、教義の整合性として、旧約の神によって作られたこの世は否定的に扱われたと考えられます
もちろん、仏教的な考えと共通して、霊性・精神性を重視し、この世の者に執着させないように、よくないものだと教えたと言うのもあるでしょう
もう一つの理由を述べると、シュメールの神話を扱った記事でも書きましたように、旧約の神とされるエンリルは、人類の肉体創造にも一部かかわったのでしょう
シュメールではエンリル系のエイリアン=異星人による遺伝子操作が一部行われていたのだと思います
それゆえ、エンリルの影響を排除するため肉体などの物質を否定し、精神を別だと強調したのではないかと考えられます
唯物的に物だけで世界を見ていけば、肉体を創造に関与したものが神のようなものであり、人類は実験動物や、彼らの家畜のように捉えられてしまいます
ですが、人間は肉体のみではなく、そのなかに霊が宿っているので、肉体は主ではないと考えれば、彼らの影響を排除できます
「ヘルメス主義」の記事でも書きましたように、現在広まっている共産主義・社会主義の思想にも、旧約の神の思想が流れています
共産主義は唯物論ですが、そうすると科学技術等に優れた異星人が神のように崇められ、劣ったものを家畜のように扱うという方向にいきます
精神性を重視し、ひとは肉体に宿ったスピリット・霊が主であると考えれば、そうした囚われから脱します
そうしたことで、グノーシスでは物質世界(この世)を否定的に扱い、精神・霊を重視しているのだと思われます
グノーシスは認識をあらわす言葉だそうで、認識を得ることを重要視します
では何を認識するかというと、真の神の認識と、至高神=天の父と自分が本来同一であることを認識することです
真の神と偽の神については何度も述べましたように、旧約の神と、イエス様の天の父とは別で、天の父=至高神こそまことの神だと認識する事です
そしてまことの神と、自身の本質はじつは一つであると言うことを認識するのを重視したのです
主流派からすると二つとも問題があると考えられました
彼らは旧約の神もイエス様の天の父も同一と考えたのです
そして、個人個人が認識=グノーシスを通して真の神と通じると、教会の権力は衰えてしまいます
教会は罪深い人々を救うための神と人との中継者の役割をしていたからです
そして、人と神とが本来同一だとすれば、人間を罪の子とする考えにも反します
ひとは生まれ持って罪深いと捉えるほど、救済の権限を持った教会はよりいっそう強くなるからです
そうしたことで、教会の権力を脅かす存在として、グノーシスは異端とされ滅ぼされたのです
エンリル派はこのように、権力を好み、人々を恐怖心等で隷属させることを好み、自己の奉仕を主とするグループです
一方のエンキ派・ヘルメス主義・イエス様の考えは個々の神性を尊重し、他者への奉仕の強いグループです
歴史的には、この自己への奉仕を主とするグループと、他者への奉仕(愛と慈悲)を主とするグループが競い合ってきたものと言えます
以下はグノーシス主義について、ウィキペディアから引用
グノーシス主義(グノーシスしゅぎ、独: Gnostizismus、英: Gnosticism)またはグノーシス(古希: Γνῶσις、ラテン文字転写:Gnosis)は、1世紀に生まれ、3世紀から4世紀にかけて地中海世界で勢力を持った古代の宗教・思想の1つである。物質と霊の二元論に特徴がある。普通名詞としてのグノーシスは古代ギリシア語で認識・知識を意味する言葉であり、グノーシス主義は自己の本質と真の神についての認識に到達することを求める思想傾向を有する。
またグノーシス主義は、地中海世界を中心とするもの以外にイランやメソポタミアに本拠を置くものがあり、ヘレニズムによる東西文化のシュンクレティズムのなかから生まれてきたものとも云える。代表的なグノーシス主義宗教はマニ教であるが、マニ教の場合は紀元15世紀まで中国で存続したことが確認されている。
定義
1966年4月にイタリアのメッシーナ大学でグノーシス主義研究者たちの「国際コロキウム(シンポジウム)」が開催され、そこでグノーシス主義とは何であるかという学術的な定義について一つの提案が行われた。これを「メッシーナ提案」と通称する。半世紀近くの時を経てグノーシス主義に関する研究も進展したが、グノーシス主義を語る上でメッシーナ提案は研究者たちの共通基本認識として前提となる。
この提案では、紀元2世紀から3世紀頃のキリスト教グノーシス体系を「グノーシス主義(Gnostizismus)」と定義し、より広い意味での「秘教的知識」の歴史的カテゴリーを「グノーシス」と定義した[1]。この提案によれば、「グノーシス」とは「グノーシス主義」を「典型」とする非常に範囲の広い意味を持つことになり、これはハンス・ヨナスが提唱したように、「精神の姿勢・現存在の姿勢」であるという解釈が概ねにおいて承認されたものである。マニ教や、カタリ派、ボゴミール派などは当然として、それ以外にも、時代や地域を越えて、「グノーシス」は人間の世界把握の様式から来る宗教または哲学的思想として普遍的に存在するものとの考えが示された[2]。
しかし必ずしもこの定義が定着したわけではなく、一般に「グノーシス」ならびに「グノーシス主義」という言葉は同義語として用いられており[3]、キリスト教「異端思想」としてのグノーシス主義を「キリスト教グノーシス派」と呼ぶことが多い。したがってこの記事では広義の「グノーシス」について、「グノーシス主義」という用語で説明する。
物質からなる肉体を悪とする結果、道徳に関して、2つの対極的な立場が現れた。一方では禁欲主義となって顕われ、他方では、放縦となって現れる。前者は、マニ教に見られるように禁欲的な生き方を教える。後者は、霊は肉体とは別存在であるので、肉体において犯した罪悪の影響を受けないという論理の下に、不道徳をほしいままにするタイプである。4世紀の神学者アウグスティヌスがキリストに回心する前に惹かれたのは、前者の禁欲的なタイプであったと言われる。
反宇宙的二元論
グノーシス主義において一般的に認められるものは、「反宇宙的二元論(Anti-cosmic dualism)」と呼ばれる世界の把握の仕方、世界観である。反宇宙的二元論の「反宇宙的」とは、否定的な秩序が存在するこの世界を受け入れない、認めないという思想あるいは実存の立場である。反宇宙論
グノーシス主義は、地上の生の悲惨さは、この宇宙が「悪の宇宙」であるが故と考えた。現象的に率直に、真摯に、迷妄や希望的観測を排して世界を眺めるとき、この宇宙はまさに「善の宇宙」などではなく「悪の宇宙」に他ならないと考えた。これがグノーシス主義の「反宇宙」論である。
二元論
宇宙が本来的に悪の宇宙であって、既存の諸宗教・思想の伝える神や神々が善であるというのは、誤謬であるとグノーシス主義では考えた。ここでは、「善」と「悪」の対立が二元論的に把握されている。善とされる神々も、彼らがこの悪である世界の原因であれば、実は悪の神、「偽の神」である。しかしその場合、どこかに「真の神」が存在し「真の世界」が存在するはずである。
悪の世界はまた「物質」で構成されており、それ故に物質は悪である。また物質で造られた肉体も悪である。物質に対し、「霊」あるいは「イデアー」こそは真の存在であり世界である。
善と悪、真の神と偽の神、また霊と肉体、イデアーと物質と云う「二元論」が、グノーシス主義の基本的な世界観であり、これが「反宇宙論」と合わさり「反宇宙的二元論」という思想になった。
研究史、異端 vs.異教
グノーシス主義の研究史を通じて、この思想の理解については2つの根本的に異なる立場が存在している。一方はグノーシス主義をキリスト教とは別個の、オリエントに起源を持つ「東方」の宗教であるとし、その非キリスト教的側面を強調する姿勢である。もう一方はグノーシス主義をキリスト教内部の異端、あるいはギリシャ哲学に影響を受けた宗教哲学の出発点としてキリスト教史のなかに位置づけようとする姿勢である。今日では、グノーシス主義をキリスト教とは別個の宗教思想であると考える立場が主流である。グノーシス主義に関する初期のキリスト教文献、初期教会教父たちによる種々の異端反駁文書の中において、グノーシス主義はキリスト教内部の異端思想として扱われている。リヨンのエイレナイオス、オリゲネス、エウセビオスなどがグノーシス主義を主要な対象として、正統信仰擁護の著作を残している。彼らの著作から、初期の聖書解釈やキリスト教神学の成立にグノーシス主義の影響が多大であること、そしておそらく彼らの時代には、グノーシス主義的なキリスト教文献は正統信仰の著作を量において上回っていたと考えられている。
ルネサンスの時代には、新プラトン主義と『ヘルメス文書』がヨーロッパで流行した。今日では『ヘルメス文書』に含まれるいくつかの著作はグノーシス主義のものであったことが明らかにされている。19世紀後半から20世紀半ばには、コプト語で書かれたグノーシス文献が相次いで公刊され、研究資料はだいぶ整えられた[6]。
資料の充実と前後して、近代的なグノーシス研究も開始された。その契機となるのはバウルの『キリスト教グノーシス、あるいはキリスト教宗教哲学の歴史的展開』である。これに続いたのがハルナックの教会史的グノーシス研究で、彼はグノーシス研究に史料批判の手法を持ち込んだ。これら初期のグノーシス研究はキリスト教の教会史からグノーシス主義を捉えるもので、その思想をキリスト教のヘレニズム化・「東方」化したものと考えていた。
それに対し、ブセットは1907年、『グノーシスの中心的諸問題』を著し、このなかで彼はグノーシス主義をキリスト教の教会史のなかにとどめずに、その外側にあるオリエント的な宗教思想として捉える見解を示した。これを継承したのがライツェンシュタインであり、彼はグノーシス主義をキリスト教以前の別個の宗教で、当時の様々な秘儀宗教に影響を与えたとした。この後のグノーシス研究で最も影響が大きかったと考えられるのがハンス・ヨナスで、彼はグノーシス主義が厳格な二元論的世界観に基づいていることを明らかにし、さらにグノーシス主義を古代末期に最も影響を持った主流思想であったと位置づけた。
1950年に『ナグ・ハマディ写本』の最初の総括的研究報告が発表されると、グノーシス主義についての理解は大きく転回した。まず文書のなかにキリスト教的なものと非キリスト教的なものが混在しており、これはおそらくグノーシス主義とキリスト教が本来別個であったことを示していると考えられている。さらにキリスト教に取り入れられたグノーシス主義は初期キリスト教思想の形成に大きな役割を持っていたことも確認された。同時にグノーシス主義はユダヤ教の神話やギリシャ哲学とも密接な思想的相互交流をおこなっており、その思想をかなり取り入れていることも明らかとされた。
東西のグノーシス主義
グノーシス主義は、エジプト、シリア、パレスティナ、小アジア、ギリシア、ローマなどで興隆した「西方グノーシス主義」と、イラン、メソポタミアなどで成立した「東方グノーシス主義」の二つの大きな宗派に分かれる。これらの宗派は、より多数の宗派に更に分岐するが、地理的な差異以外に、救済思想・神話構成においても、区別が存在する。西方グノーシス主義
ウァレンティノスの宗派が代表的であるが、グノーシスの立場に立つ者と、そうでない者を峻別し、宗教原理よりして、グノーシスの立場に立つ者は、禁欲を旨とし、世俗的な快楽を避け、生殖に通じる行為を一切してはならないとした。新プラトン主義の哲学者であるプロティーノスの「一者」よりの流出説を採択して、善なる永遠界は流出によって生じたが、その過程において「ソピアー神話」が示すような過失があり、この結果、「悪の世界=この世」が生まれたとした。
西方グノーシス主義は哲学的・思想的であり、信徒には高い知性を持つ者や、中流階級の者が多数属した。高潔な理想を説き、みずからも禁欲を守り、生殖を避けた結果、西方グノーシス主義は外部要因(キリスト教のローマ帝国での国教化等)以外に、内部の思想原理からしても、永続し得ず、4世紀から5世紀頃には、その宗派は消えてしまった。
東方グノーシス主義
マニ教が代表であるが、西方グノーシス主義諸派よりも少し遅れて興隆した。従って、西方グノーシス主義諸派の理論を取り入れる余地が多数あり、また、ペルシアのゾロアスター教などの二元論的宗教の影響の元にもあった。イラン、インドの古くから存在する神々やその神話をも取り入れ、グノーシスの立場に立つ者を二つの段階に分けた。これはマニ教に特有の信徒制度である。
創世神話においては、プロティーノスの流出説も採用しているが、ゾロアスター教の流出説も援用しており、その結果、絶対善が原初に存在したとするのではなく、善の原理と悪の原理が二元的に原初より存在したとする思想を持つ。2つの信徒階級を定めた結果、救済宗教として広く一般の人が入信することとなり、西方グノーシス主義の知的エリート主義を乗り越えることができた。生殖も一般信徒は可能であったので、宗教として永続し、マニ教は15世紀まで、マンダ教は、二千年のときを経過して、現在も存続している。
グノーシスの諸派
西方グノーシス主義[編集]サトルニロス
セト派(Sethians)
ケリントス(Cerinthus)
シモン・マグス(Simon Magus)(2世紀) - (魔術師シモン)「使徒行伝」(8:3-)に言及がある人物とは別人だが、混同される。サマリア人。
ウァレンティノス(Valentinians) - 大ウァレンティノスともいわれ、西方グノーシスの代表的な理論家。多数いた弟子たちは各地でグノーシスの伝道を行った。
プトレマイオス - ウァレンティノスの弟子。エイレナイオスはその『異端反駁』において、主にプトレマイオスのグノーシス主義を批判している。従来のグノーシス主義の研究においては、このエイレナイオスの書物の批判で引用された「プトレマイオスの説と称されるもの」がグノーシスの理論の代表とされた。
バシレイデース(Basilidians)
オフィス派(Ophites) - 「旧約聖書・創世記」に出てくる蛇(ギリシア語でオピス)は人間を堕落させたものではなく、至高者が人間に知識を授けるため遣わしたものと考えるので、このように呼ばれる。
ナハシュ派 - ヒッポリュトスが名付けた。オフィス派と同じものではないかと云われている。「ナハシュ」はアラム語で蛇の意味である。
カイン派(Cainites)
カルポクラテス派(Carpocratians)
ボルボル派(バルバロイ派)(Borborites)
東方グノーシス主義
マニ教 - マニを開祖とする救済宗教。紀元3世紀のサーサーン朝ペルシア時代に起こり、西は、メソポタミア、パレスティナ、エジプト、北アフリカ、東は、インド、西域、中国にも伝道され繁栄した。中国で、15世紀頃に最後の教団が確認されるが以降、消滅した。
マンダ教 - イラクに現在も存在する宗派。イスラム教の『クルアーン』に記されている正体不明な民族または宗派は自分たちであると主張し、イスラームの側でこれを認めた為、イスラーム世界のただなかで存続した。
グノーシス主義的宗派
グノーシス主義は、精神の姿勢(Geisteshaltung)が問題となり、現存在における世界の現象解釈と了解によって教えが成立するとされる。そのため、二元論的宗教のなかで、古代のグノーシス主義と直接的・間接的に関係のあるものも、広い意味ではグノーシス主義となるが、それらは判断について諸説がある。マルキオン(Marcion) - 小アジアのシノペに生まれた。『ヘブライ聖書』(『旧約聖書』)とその神ヤハウェを否定し、ルカによる福音書を中心に独自の正典を編纂した。創世神話がなく、グノーシス主義ではなく、キリスト教の一派であるとの解釈がある。
ボゴミル派(Bogomils) - 12世紀頃、ブルガリアで勢力のあったグノーシス主義的二元論宗派。キリスト教の分派とも考えられる。
カタリ派(Catars) - アルビ派またはアルビジョア派とも呼ばれる。11-13世紀に南フランスにおいて勢力を持った。『ヨハネ福音書』を正典として認め、独自の聖書訳を持っていた。ボゴミル派あるいは小パウロ派の影響のもとに成立したと考えられる。当時、フランス北部を支配していたフランス王と教皇庁の合意で、アルビジョワ異端十字軍が結成され、1世紀近い戦いの後、信徒は虐殺され、宗派として消える。キリスト教のグノーシス主義的分派と云うべきである。
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